【知事英断で遺跡と景観保全を】太田記代子佐賀新聞“私の主張”2012年9月29日掲載
吉野ケ里遺跡群の中心的場所にメガソーラー(太陽光発電設備)を設置する契約が、関係自治体と民間業者の間で行われました。これでいいのでしょうか。
この地はもともと遺跡であり、聖地であった場所です。「粗末にしてはいけない」と戒め、長い間守られ残ってきた遺跡群です。県は「もともと工業団地計画地であった」という発表をしますが、すでに昭和9年、発見者の七田忠志先生(故人)が考古学会誌に遺跡と紹介されています。
メガソーラーが計画通り設置されると、知事は「吉野ケ里遺跡群と、その景観を台無しにした」と全国の人たちから責められるのではないでしょうか?なぜならメガソーラー自体に賛成する人は多いのですが、場所を選(よ)りによって吉野ケ里遺跡群の中心に建てては、せっかくの歴史公園の景観も損なわれるからです。
しかも、平成3年7月1日に、「何も作らない」というスタンスで、国営公園の申請をし認可された経緯がある場所なのです。
北にはわが国初の茶栽培の霊仙寺(りょうせんじ)、戦場ケ谷縄文遺跡、九州有数の伊勢塚古墳、北西には九年庵と仁比山(にいやま)神社、伊東玄朴生家、地蔵院、また南には櫛田神社、南西には平忠盛の日宋貿易関連の下中杖遺跡など数多くの遺跡・史跡が広がり、メガソーラー計画地はその中心にあたります。
また、わが国に文字をもたらしたとされる王仁(わに)博士を祀(まつ)った鰐(わに)神社に隣接した地でもあって、メガソーラーの鉄骨を打ち込むにはもったいない場所です。
吉野ケ里の甕棺(かめかん)の人骨と徐福関連の中国江南の古代人骨の「ミトコンドリアのDNAが一致した」と興奮気味に話されていた古代アジア研究家・内藤大典氏(故人)を懐かしく思い出します。
家系図を大事にし、血のつながりを重視する中国や韓国の国民性からも、吉野ケ里遺跡群は国際親善に貢献するばかりでなく、経済効果も生むでしょう。
メガソーラーはほかにも建てる場所が存在しますが、遺跡や景観は壊しては取り返しがつきません。建設地は弥生時代の庶民の住居跡や水田跡で、農業県佐賀には特に大切で、意味のある場所なはずです。
吉野ケ里遺跡群は縄文、弥生、奈良、平安時代から明治維新までの複合遺跡です。特に今年はNHK大河ドラマ「平清盛」に関連して、忠盛、清盛が預かり治め、財をなして世直しにつなげた神埼荘園の地でもあり、もっと全国に発信すべきではありませんか。
吉野ケ里遺跡の楼館(ろうかん)や係留バルーンからメガソーラーが見えては台無しです。知事の英断で、今からでも違う場所に建設を変更してくださるよう、お願いします。
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Suzuki Shigeharu (水曜日, 12 6月 2013 00:43)
全面保存会の活動に、心から敬意を表します。
活動は、継続することで多くの人に共感に与えます。文化財保護法尊重して、その理念を守ることの意義を、佐賀県が吉野ケ里遺跡をメガソーラー関連の調整池によって破壊した今だからこそ、多くの人とご一緒に改めて告発しつつ考えましょう。
yoshinogari (水曜日, 12 6月 2013 17:11)
鈴木様
ホームページ管理人です。
いつも大きなお力添えをありがとうございます。
活動を継続することへの何よりの励みになります。
保存会のメンバーにお伝えします。
今後ともよろしくお願いいたします!
ごんた (月曜日, 17 6月 2013 12:28)
日吉神社と鰐神社の間に集落があったはず、ソーラーで遺跡破壊をしなければならない理由。皇国史観の為でしょう。